世界で最も影響力のあるプロボクサー、モハメド・アリが亡くなりました。
アリはボクシングのリングを超え、アメリカ史上に大きな足跡を残した人物です。その理由は「公民権運動に携わったから」、「ベトナム戦争の際の徴兵に応じなかったから」と言われています。確かにその通りなのですが、それではやや平板すぎる説明でピンときません。
今回は前後編に分け、プロボクサーのモハメド・アリがなぜ歴史上の人物になり得たのか、またアリの行動から我々は何を学び取れるのかということを解説していきたいと思います。
目次
裕福な家庭の黒人ボクサー
モハメド・アリがイスラム教に回収するまでの名前は「カシアス・マーセラス・クレイ・ジュニア」と言います。ですがこの記事では、特に断りがない限り一貫して「モハメド・アリ」と表記します。
彼の生まれ育った家庭は金持ちというわけではないのですが、それでも当時の黒人層の間ではかなり裕福なほうで、誕生日に自転車を買ってもらえたほどです。貧困層出身の人間が金のためにプロボクサーになるというのは、今でも発展途上国でよく見かけます。ですがアリはボクシングをやらなくても充分に食べることができた人です。
「ボクシングはハングリースポーツだから、貧しい境遇で育った人間のほうが強くなる」とよく言われます。ですが、それは誤解です。アリは愛情豊かな母親に大切に育てられ、厳しいトレーニングにあとで手作りの料理にありつけることができました。
プロ野球でも、ドラフト入団したルーキーが大金を手に外食生活を始めてしまったせいでコンディション維持に失敗したという話はよく聞きます。「栄養バランスの取れた手料理」は、アスリートにとって生命線のようなものです。それを毎日3回食べることができるかできないかは、非常に大きな差です。
ボクシングをダンスにした男
アリは驚異的なフットワークの持ち主でした。アマチュア時代はライトヘビー級、プロ転向後はヘビー級で戦いますが、そのスピードはまるで中量級以下の選手のようです。
当時のヘビー級選手は、ダッキングを使いながらジリジリ詰め寄って腕力で相手をなぎ倒すインファイトが主流でした。ですがアリの戦法は、一言で言えば「ダンス」です。しなやかな脚力、膨大なスタミナをフル稼働させ、スピードで相手を翻弄します。
このやり方には、誰も勝てませんでした。ローマオリンピックで金メダルを取ったアリはプロに転向しますが、自分より身体の大きなモンスターたちが跋扈するリングでも順当に勝ち星を重ねていきます。
老雄アーチー・ムーア、ヘルシンキオリンピック金メダリストの「模範的アメリカ人」フロイド・パターソン、そして「刑務所上がりの巨人」ソニー・リストン。名だたる選手との試合を次々に行い、それをすべて勝利で終わらせる。この時点でアリに勝てるような選手は存在しませんでした。
ですが、もしこのままアリが世界チャンピオンとして防衛記録を重ねていったとしても、後世の彼の評価は「昔、モハメド・アリという無茶苦茶強いボクサーがいた」ということだけで終わっていたでしょう。ボクシングに興味のない人がロベルト・デュランを知らないように、チャンピオンベルトを獲っただけでは「歴史上の人物」になることはできません。
むしろ、アリはそのベルトを取り上げられたからこそ歴史に名を刻むことができたのです。
黒人から非難される
「ボクシングはフェアな闘いだ。だが戦争はただ罪のない人を殺すだけだ」
アリは講演会でそう力説し、来場者からの拍手喝采を浴びます。
60年代後半から70年代にかけて泥沼化したベトナム戦争は、今やアメリカ人にとっての「トラウマ」になっています。ですがこの当時は「アメリカが負ける」と思っていた人はごく少数派で、政治家も社会の重鎮も「若者よ、アメリカのために戦争へ行け」と公言しています。
そんな中で、アリにも徴兵令状が届きました。
「有名人を徴兵する」とは、どういうことか。それはアメリカ軍の政治宣伝に活用するということです。ボクシングの世界チャンピオンを地獄の最前線へ送ることは、絶対にあり得ません。第二次大戦中にヘビー級チャンピオンだったジョー・ルイスは、後方での慰問活動や宣伝映画の撮影に徹していました。
当然、アリにもそのような役目が与えられるはずでした。ですが、アリはこう言います。
「何で人殺しのために1万マイルも離れた国に行かなきゃいけねぇんだ? ベトコンは俺をニガーだなんて呼んだことはない」
その発言に、アメリカ中は大炎上します。アリへのバッシングが日に日に強くなり、しかも「反アリ」の最先鋒は彼と同じ黒人アスリートでした。
先述のジョー・ルイスは、こう言います。
「アメリカで巨万の富を稼いだ者が徴兵に応じないなどというのはおかしい。私は大戦中、とにかく戦争に行きたくてたまらなかったんだ」
また、メジャーリーグの伝説的黒人選手ジャッキー・ロビンソンも、
「アリは祖国に感謝しようという気持ちがまったくない」
と、発言しています。
四面楚歌とは、まさにこのことではないでしょうか。