市販のお菓子で有名な会戦を再現してみた【ワーテルロー会戦】

こんにちは、「戦う青色申告者」澤田真一です。

さっそくですが、私は大河ドラマファンです。今年放映の『真田丸』もチェックしています。

で、その『真田丸』にもあったのですが、戦国武将が地図の上に碁石を並べて「敵の軍勢がここから来るから我が軍はこうやって迎え撃ち」っていうシーンがありますよね? 現代の軍人も凸形の部隊図を書いて戦術を練ったりします。

ただ澤田は、そんな光景に一つ疑問を抱いてます。もしその場に碁石がなかったら、どんなもので代用すればいいんでしょうか? 地図に直接書いちゃったら、もうその地図は使えないじゃないですか。鉛筆で書いて消しゴムで擦るってのも面倒ですし。

仕方ない、お菓子で代用するか。

アポロを箱から出すと、甘い匂いが部屋中に…

というわけで、今回用意したのは明治製菓の『アポロ』と『マーブル』、そして『ブラックチョコレート』。それらを使って、1815年のワーテルロー会戦を再現してみたいと思います。

ワーテルロー会戦。エルバ島から脱出したナポレオンと、イギリスの英雄ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーとの一戦です。これを機にヨーロッパでの復権を狙ったナポレオンですが、結局は敗北し大西洋の孤島セントヘレナ島へ流刑になってしまいました。

ですがこの戦闘、展開次第ではナポレオンは勝っていたのでは? という声もよく聞かれます。退役した自衛官やかつて外人傭兵をやってたという物書きも、ワーテルローを検証しています。

澤田も早速やってみましょう、ワーテルロー会戦。

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まずは当時の部隊配置を再現。皇帝率いるフランス軍はアポロ、ウェリントン公の英蘭連合軍はマーブル、農場や屋敷はブラックチョコレートで見立てています。ちなみに、砲兵隊の配置は省略しました。あと画像にあるフランス軍の指揮官の名は、全員ではありません。戦いの中で重要な行動を示した人の名前だけを書いてます。

ナポレオンの視点から戦場を見ると、こんな感じです。

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フランス軍一の猛将ミシェル・ネイの部隊が最前列に出ています。ネイはその勇猛果敢さで諸国に知れ渡った人物。ただ、たまに突出し過ぎて手痛い損害を出してしまうということも……。

また、よくみると英蘭軍への増援が戦場に迫っています。

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これらの部隊はプロイセン軍です。ナポレオンとしては、この増援が到着する前に英蘭軍を叩き潰したいところ。実はこのプロイセン軍を追跡していたフランス軍の別働隊がいるのですが、うまく捕捉できなかったようです。

戦闘開始!

1815年6月18日の午前、戦闘は戦線左翼(ナポレオンから位置)のウーグモン邸から始まりました。

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このウーグモン邸は、石とレンガで造られた堅牢な建物。イギリス軍が陣取っています。そこへオノレ・シャルル・レイユの第2軍団指揮下の第6師団が攻撃をかけました。

この第6師団を率いるのは、ナポレオンの弟のジェローム。ただ、この人物ははっきり言って愚将です。戦略眼というものをまったく持ち合わせていません。

ジェロームがウーグモン邸に執着し過ぎたせいで、この辺りの戦闘はエスカレート。レイユは手勢の大半をウーグモン邸に投入せざるを得ない状況になりました。

その最中、午後になって戦線中央と右翼が動き出します。この区域のフランス軍主戦力は、デルロン伯爵ジャン・バティスト・ドルーエの第1軍団。迎え撃つのはトーマス・ピクトンのイギリス第5師団です。

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デルロン伯は陣形構築があまり上手な指揮官ではなく、そのせいでかなりの損害を出してしまいます。ですがそれでも奮戦し、何とピクトンを討ち取るという戦果を上げました。

ちなみにこのピクトンというおっさんも相当無茶苦茶な豪傑だったそうですが、その話はまた後日。

その後、ウェリントン公はデルロン伯の軍団に向け精鋭のスコットランド連隊をぶつけたり、騎兵旅団を投入し何とか殲滅させようと試みます。ですが騎兵旅団はナポレオンに先を読まれ、逆に撃退の憂き目に遭います。

早い話が、中央と右翼は一進一退だったわけです。

予備兵力が近衛隊だけに

ところで、この戦場には先述の通りプロイセン軍が近づいています。

皇帝はこれに対し、ロバウ伯爵ジョルジュ・ムートンの第6軍団を振り向けます。

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実はこの時点で、フランス軍は自由に使える予備兵力が皇帝近衛隊だけになってしまいました。

ただ、幸いにも中央・右翼の戦線でフランス軍は若干の優勢でした。ナポレオンも「この分なら勝てる」と考えていたようです。そんな中で16時頃、ナポレオンは体調不良を理由に仮眠を取ってしまいます。

年を取った皇帝は、すでに体力的にボロボロだったそうです。この時のナポレオンは45歳。よく考えたら豊臣秀吉も満年齢45歳の時に中国大返しをやって明智光秀を倒しましたから、もともと身体の強い人ではなかったわけです。

その間に、中央のネイが独断で騎兵突撃を敢行します。これにはいろんな説があり、対峙していたイギリス軍部隊の後退を「退却」ととらえてしまった、あるいはネイはPTSDで正気ではなかったという説もあります。

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この騎兵突撃は、結果的に失敗します。現代でも戦車の突撃には随伴歩兵を必要とします。なぜなら戦車は「突破力」であり、「決定力」ではないからです。

騎兵も同じで、ネイは一時的に突破口を切り開くことはできましたが、すぐに塞がれてしまいます。歩兵があとからついてこないと、こういう結果になるわけです。

遅過ぎた決断

 その後、ネイは歩兵部隊を率いてラ・エイ・サント農場に向かいます。この時、ネイは早馬を皇帝に出して「近衛隊を増援に出してくれ」と要請します。

ネイの騎兵突撃は失敗しましたが、ラ・エイ・サント周辺の攻防も相成りイギリス軍の陣形はガタガタになっています。当時の戦争は、陣形がモノを言います。それが隙間だらけになったら、敵に突破されてしまいます。

ところが、ナポレオンはここで近衛隊出動を躊躇ってしまいます。プロイセン軍と戦っているロバウ伯が苦戦しているということもありますが、やはり体力が状況変化のスピードについていけなかったのでしょう。ともかく、ここでナポレオンは様子見の姿勢を取ります。

その間にウェリントン公は中央の部隊を再編成し、防御を強固にしました。結論から言えば、皇帝は再編成後のイギリス軍に近衛隊を当ててしまい、撃破されます。予備戦力を失ったフランス軍は、近衛隊の玉砕という悲劇を経て完全崩壊します。

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敗因をズバリ指摘すれば、「皇帝が老いた」ということ。15年前のマレンゴ会戦の時のように、戦況の不利を瞬時の判断で逆転できるような気力はもはや持ち合わせていません。

それを考慮すると、ネイの騎兵突撃は実は間違っていなかったと考えることもできます。単独突撃はやはりまずい判断でしたが、それでもネイがあの突撃進路を選んだことはむしろ正解だった気もします。そこにナポレオンが近衛隊を向けていたら、見事中央突破に成功しウェリントン公を退却に追い込むことができたかもしれません。

ただ、ウェリントン公を追い出したとしても次はプロイセン軍と戦わなくてはなりません。ワーテルローに向かっていたプロイセン軍の兵力は総勢6万。それを追跡していたフランス軍別働隊3万がナポレオンの手に返ってきたとしても、もはや疲労困憊の軍に戦える能力があるのかは疑問です。

ですから、ワーテルロー会戦にナポレオンが勝ったとしても「100日天下」が「110日天下」に変わっただけだったという可能性が大きいわけです。

以上、明治のお菓子を使ったワーテルロー会戦の解説終わり!