【webライター澤田のシゴト】物書きだって飯を食う

どうも、「戦う青色申告者」こと澤田真一です。

さて、私は現在インドネシアにいます。いやー、暑いぞインドネシア!

何しろ年中30度超えの環境ですから、まさに常夏です。ですが環境がどうあろうと、私の物書き仕事に変わりはありません。webライターは世界のどこにいてもできる仕事です。

ですが澤田が契約している元締めは、例外なく日本国内の会社。澤田オフィスの蔵米は農林一号、つまり日本円で報酬をもらってるというわけです。そうである以上、税金も日本で納めています。

今回は、「webライターと報酬」についての話をしましょう。

澤田オフィスだって確定申告をする!

個人事業主にとって、2月は忙しい時期です。

その理由は確定申告。この時期はいつもの仕事に加え、そろばんを弾きながら青い紙で算数をしなければなりません。

澤田オフィスの場合はいかんせん零細事業所ですから、税理士なんか雇いません。もっとも、お金があっても税理士を呼ぶ必要もないわけです。なぜなら物書きは「材料を仕入れて物を売る仕事」ではないから。

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パソコンがあれば元手ゼロで商売ができますから、単に1年分の蔵米の量と経費で落とした領収書の合計を数えればそれで一件落着です。細々とした材料費やら仕入れ費用やらが一切ないから、他の業種に比べたらだいぶ楽な作業だと思います。

ただ、澤田オフィスの場合は海外出張が非常に多い。それにかかる費用は極力経費で落としますから、領収書をもらった日付のレートで外貨から日本円に計算しなきゃいけないという手間はあります。

ただねぇ……こんなことを言うと、すぐに「澤田は二重帳簿つけてるらしい」だなんて言い出す天邪鬼がネット世界にたくさんいるんですよ。日本の有名人はあまりお金の話をしませんが、それは「あいつはあんな楽しそうなことをやってたくさん稼いでる」っていう妬みが炎上の元になっちゃうから。

でも私は、ここで敢えてお金の話をします。

霞を食べて生きてはいけない

澤田の尊敬する落語家・林家木久扇師匠は「自分を支える経済を確立することが大切」と言っています。

まさにその通りだと思います。そもそも、その概念がないまま何かしらの業種で下手に成功しちゃったら、そのあとが大変です。

個人事業主とは、どういう商売か? 一言で言えば「報酬額をこちらで設定できる商売」です。どこかの元締めから「澤田さん、記事書いてください」と依頼されたら、私はまず報酬額の話をします。それで折り合いがついたら契約書を発行してもらい、その後初めて執筆作業を行います。

何だかんだで、もらえる米の量はライターとしての一基準です。米を多く受け取ることができれば、確定申告会場にも胸を張って参上することができます。

また、石高の大きいライターは同業者にとってもありがたい存在です。自分がお世話になっているメディアに2人か3人でもスターがいれば、そのご贔屓さんが結果的に自分の記事にも目を通してくれるからです。また、場合によってはスターと一緒に仕事をすることもできます。

ですから、同業者とは仲良くしなければいけません。これを「セコい考え」と取る人も中にはいますが、我々のやっていることは商売です。商売で一番大事なのは「共栄共存」。誰かが一人勝ちすることも、一人負けすることもあってはなりません。

「米を取る」ということ

今まで個人ブログしか書いたことのない人が、どこかのメディアで米を取って書けるようになると、間違いなく周りの風景が変わります。

たとえば、1記事2000円の普請を月10記事こなしたとしましょう。すると報酬総額は月2万円です。これだけで生活していくのはさすがに無理ですが、その人が普段は本業に打ち込んでいて、余った時間で物書きをやっているとしたらどうでしょうか。月2万円のお小遣いが懐に流れ込んでいくということです。

2万円は、無茶苦茶でかいお小遣いです。そのお金を貯金するもよし、投資するもよし、本を買うもよし、後楽園ホールで修斗の試合を観に行くもよし。生活が一気に豊かになります。そして毎月修斗を観に行くことによって格闘技の知識が蓄えられ、選手とも交流を持ったりすると格闘技関連のメディアでも記事を書けるようになります。

その理屈が分かってくると、安易な他者批判などはむしろ書けなくなります。

それはそうでしょう。世の中には自分のように月2万円の余剰所得で趣味に打ち込んでいる人がたくさんいる、と分かると「ならば同業者と協力し合おう」という方向に自然と動くからです。

「いいね!」の数より米の量

木久扇師匠も言ってましたが、どうも日本人は「積極的にお金を稼ごうとしない人は偉い」という概念を持っています。

それは間違いです。物書きは生活が豊かでなければなりません。それは豪邸に住んでいるとかフェラーリに乗っているとかいうものではなく、月に1回はちょっとした贅沢ができる、休みの日には少々のお金をかけた道楽に徹することができるという意味です。

それをせずに、日がな一日ずーーーーーーっっっっっっとネットばっかりやってると、仮想空間での出来事がいつの間にか自分自身の「リアル」になってしまいます。そして不幸なことに、ネット世界はすべての人を平板化させるという現象が常に起こっています。現実世界では誰にも相手にされないような人物でも、ネット世界で過激な主張をすることによりたくさんの「いいね!」をもらうことができるわけです。

そういう意味でも、お金は「絶対に稼がなきゃいけないもの」なのです。