【戦下手の魔王】一夜城の奇跡(中編) 【戦下手の魔王】

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さて、織田信長は決して屈強な武人というわけでもなく、かといって優秀な軍略家でもありませんでした。

現に信長は、負け戦の多い戦国大名です。浅井長政には何とか勝つことができたものの、武田信玄や上杉謙信にはまるで歯が立ちません。

ですがそんな「戦下手の魔王」が、まるで栄養を吸ったアメーバのように領土を拡大していきます。なぜ、そのようなことができたのでしょうか?

「決定力」がない信長

18世紀末から19世紀にかけてヨーロッパで暴れ回ったナポレオン・ボナパルトは、戦略と戦術の両方で優れた才能を発揮した人物でした。

ナポレオンには「決定力」がありました。それは、ここぞという展開で大きな会戦に勝利する能力です。1800年のマレンゴ会戦、1805年のアウステルリッツ会戦、イエナ・アウエルシュタット会戦がまさにそうでした。多少の敗退や誤算も、大きな賭けに勝つことで最終的なプラス収益を上げたのです。

「決戦に勝つ能力」とは、「決戦の場所を選べる能力」とも言い換えることができます。だからナポレオンは、戦場選びが非常に卓越していました。加齢のため判断力の衰えた1815年のワーテルロー会戦でも、「フランスが生き残るにはまずイギリスを大陸から叩き出さなくてはならない。そのためにはベルギーにいるウェリントン公爵の軍団を駆逐する必要がある。従って戦場はベルギー中部カトル・ブラ近郊になるだろう」という決断を下しました。

一方、信長の場合は「野戦で勝てる確率」というものに不安があります。そうでなければ、彼は武田信玄の存命中に「武田軍を野戦で破る方法」を本気で考えたはずです。

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もっとも、そうしなかったことにこそ信長の才能の所以があるようです。

防御戦の優位

現在NHKで放映されている大河ドラマ『真田丸』は、真田昌幸役を務める草刈正雄さんの演技が評判を呼んでいます。

この真田昌幸、戦国時代有数の防御戦の名人でした。限られた兵力で上田城に立て籠もり、万単位の徳川軍に勝っています。

拠点防御の戦闘というのは、守備側に立てば野戦よりも少ない兵力で済むという利点があります。何しろ、城の中にいる敵兵を駆逐するのは大変です。攻撃側にして見れば、城壁を乗り越えるだけでも多くの死者が確実に出ます。

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ですから、軍人としては疑問符の付く指揮官が大軍相手に籠城戦を行い、どうにか守り通せたという例は度々あるのです。

先述のワーテルロー会戦の場合も、実はそうした場面がありました。ナポレオン最後の戦いになったこの会戦は、なだらかな傾斜の平野で行われましたが、そこにはウーグモン邸という小さな農場屋敷がありました。2メートルほどのレンガ壁で囲まれた、しっかりとした石造りの建物です。

戦闘開始時、ここはイギリス軍が占拠していました。フランス軍はこれを奪おうと進軍しますが、たった2メートルの壁に阻まれて攻撃は停滞します。ワーテルローに布陣していたフランス軍7万2000人のうち、1万4000人がウーグモン邸攻撃に割かれています。ところが、結局この屋敷は陥落させることができなかったのです。

ちっぽけな屋敷のせいで、フランス軍は貴重な兵力を釘付けにされてしまいました。これがナポレオン敗退の要因の一つになるわけです。

鍵は馬防柵

あまり知られていないことですが、長篠合戦の時の織田・徳川連合軍は武田軍の2倍以上の兵力を有していました。つまり信長が真正面から野戦に打って出たとしても、武田軍は不利な状況下にあったのです。

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しかし信長のやったことは、「馬防柵を建設して鉄砲で迎え撃つ」という手段です。「鉄砲で迎え撃つ」という部分は様々な議論がありますが、「馬防柵を建設した」ということに関してはあまり異論はありません。

要するに、ミソはここではないでしょうか。

そもそも「馬防柵」と言うからどことなく「急ごしらえで造った木製の仕切り」みたいなイメージがあるわけで、実際には「巨大な丸太を幾重にも組んだ長大な壁」というものだったのかもしれません。

そうなってくると、話は変わります。長篠合戦から240年後のフランス軍は、ウーグモン邸を囲む2メートルのレンガ壁を乗り越えることができませんでした。壁を登っている最中に銃で撃たれたら、ひとたまりもありません。

信長は馬防柵だけではなく、川の両岸を工事して角度をつけたそうです。そうすることで土塁が完成します。馬防柵は土塁の上に造られたのです。

肝心なのは、そうした土木工事を短期間のうちにやってのけたということ。戦場全体をいつの間にか「ウーグモン邸」にしてしまう。これがまさに、「戦下手の魔王」の強さだったのではないでしょうか。

「信長工務店」の実力

敵対大名の居城の近隣に砦を建設し、そこに兵を置く。それが信長の基本戦術です。

もちろん敵対大名は砦の建設を妨害しようとしますが、いざ潰しにかかろうとした時にはすでに砦が完成している。これがいわゆる「一夜城」です。恐るべきスピードで建物を築いてしまうのですから、敵軍は居城にいつまでも籠るしか手がなくなります。

これは言い換えれば、信長は常時優秀な大工や建築士などを確保していたということです。そしていざとなれば任意の場所に土木職人を派遣し、馬防柵でも砦でもあらゆる種類の戦争建築物をこしらえてしまいます。

もちろん、それをやるには莫大な財力が必要となります。職人たちには常に金を配り、生活を保証してやることでいつまでも自分の支配下に置くという工程が不可欠です。

ですが、信長は戦国大名の中で最も「交易による経済」を重要視した男。その財力は、周辺のライバルたちを完全に出し抜いていました。

後編へ続く。

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