【重工業と日本刀】分業制の力(後編)

『マリー・アントワネットの料理人(集英社)』という漫画があります。

これは18世紀フランス、日本からやって来た磯部小次郎という料理人がマリー・アントワネットに仕えるというシナリオなのですが、澤田は結構ハマってました。

その中で、こんなシーンがあります。小次郎を目の敵にするパン職人が、その職業独特の苦労を小次郎に打ち明けます。それは「いい小麦粉がパン職人に回ってこない」ということ。宮廷では菓子職人ばかり優遇されていて、毎日食べるものなのにパンは見向きもされないという話です。

確かに、そうした苦労は史実でもあったかもしれません。そして菓子職人もパン職人も王侯貴族の食生活を支えているという意味では一緒なのですから、本当はいがみ合う必要などないわけです。

分業制の国・日本

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日本刀は、刀鍛冶だけいれば生産できるというものではありません。

鞘を作る人、鍔を作る人、柄を作る人、そして紐を織る人が揃っていないと1本の作品にはなりません。

ですから、日本刀を絶賛するならば紐職人にも目を向けなければいけません。大河ドラマ『真田丸』にも、真田信繁が新しい紐を発明して九度山の村の者に売らせるという場面がありました。丈夫な紐を束ねれば丈夫なロープになり、あらゆる物を運ぶことが可能になります。

ここで話は前編に戻りますが、立派な石垣を造ろうと思うならまずは優秀な紐織り職人を確保しないといけません。このあたりの連鎖は、物資に困らない生活を送る現代人には分かりづらい部分があります。

ですが、戦国大名は当然ながらそれを理解しています。巨石を運ぶにはロープが必要で、それを作る人がいないと話になりません。だからこそ、職人の確保に大金をかけます。

つまり戦国時代から、日本人の意識に分業制が根付いていたということです。それぞれの分野のプロフェッショナルがひとつのプロジェクトに取り組む。そうしたことがまず習慣として存在し、その延長線上として今の日本の各種工業があるのではと澤田は感じています。

職人は厚遇される

かつて学校教育では「城の建設に関わった者は、口封じに殺された」と教えられました。

何を根拠に先生はそんなことを教えていたのかは未だに分かりませんが、少なくとも「安土城が一般公開されていた」という事実は社会科教師ですら知らなかったようです。1582年の正月、信長は自ら安土城の入場口に立ち、客から入城料を取っていました。彼としては、安土城を大衆に見せることで「織田の力には誰も太刀打ちできない」ということを周知させたかったのでしょう。

あらゆる技能集団や諸勢力にテクノロジーを提供させた結果として、安土城があったのです。

その上、大工が官位を得て出世したという例もあります。中井正清という人物は従四位下大和守の官位をもらい、徳川家康に仕えた大工です。彼は畿内の大工集団を動員する力を持っていました。家康にとっては、何が何でも囲い込んでおきたい人物でもあったのです。

このように、技術者を厚遇するということはあっても機密保持のために虐殺するということはまずありません。

そして幕末へ

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日本人は「分業制の力」をよく知っていました。

先述のパン職人と菓子職人の話もそうですが、江戸幕府は「片方の職人を優遇する」ということは基本的にしませんでした。どちらかというと「放任主義」と言うべき態度で、松平定信や水野忠邦の治世を別にすれば「金は出さないが勝手にやれ」という方針です。

こうしてできた「工業の均等性」は、幕末に開花します。

静岡県に韮山反射炉があります。これがなぜ世界遺産に指定されたか、皆さんは知っているでしょうか? 

反射炉は最近、テレビ番組でV6の城島茂さんが建設に取り組んでいることで話題になりました。大量の鉄を溶解させるのには炉が欠かせませんが、鉄用の反射炉は世界にひとつしか残っていないのが現状です。

そのひとつが、他でもない韮山反射炉。ペリー来航を受け、江戸幕府が極めて短期間のうちに建造した施設でもあります。

これは日本の近代化に大きく貢献したものですが、ではなぜ「極めて短期間のうちに」反射炉を建造できたのか。それはやはり、日本には職人集団という「下地」があったからです。

 

この件については、さすがに尺が足りないと書いてる途中で分かりました。

情けない話ですが、「日本人と重工業」というテーマはあまりに奥が深すぎて、上下編の連載では足りないと感じてしまいました。各地への取材も必要ですし、いろいろな人に話を聞くこともしなくてはなりません。

今回はここまでとしますが、このテーマについてはこれからも継続的に書いていきたいと考えています。