【追悼モハメド・アリ】彼の敵は「同胞」だった(後編)

モハメド・アリ追悼記事後編!(前編はこちら

歴史を観察する際に必要不可欠なのは、「当時と今とでは常識が違う」ということです。

ベトナム戦争がアメリカの撤退に終わったのは現代の常識ですが、その当時のアメリカ人は「今やってる戦争もアメリカの勝利に終わる」と確信していました。

こういうと「そんなことはない。あの時から多くのアメリカ人が戦争に反対していた」と反論されるのですが、では1960年代後半から「ベトナム戦争は間違っている」と声を上げていたアメリカ人は割合としてどれだけ存在していたのでしょうか。

ジョー・ルイスの歪み

このことは日本ではあまり知られていませんが、徴兵に応じなかったアリを特に強く非難したのは彼と同じ黒人アスリートです。

その中の一人、第二次世界大戦の時に兵役に従事した世界チャンピオンのジョー・ルイスは「私は徴兵を待ち望んでいた。アリとは違う」とまで発言しています。

ですが、ルイスがその時自覚していたかどうかはともかく、彼の発言には非常に大きな歪みがあります。

まず、ルイスは最前線に行ったわけではないということ。前編で書いた通り、彼は戦時中は後方での活動に終始していました。それを心の隅で負い目に感じていたのか、ルイスは財産のほとんどを軍に寄付するのですが、いずれにせよ彼は四肢を犠牲にして最前線を戦ったというわけではないのです。

また、ルイスがチャンピオンベルトを獲得した際の対戦相手は、ドイツのマックス・シュメリングという選手でした。この人物はルイスと戦った当時「ナチスの手先」と言われ、アドルフ・ヒトラーからも「必ずルイスに勝て」と命令されています。ですがシュメリング自身は反ナチスの立場を表明していて、チェコ人の妻やユダヤ人の少年を当局から匿っています。ナチス入党の指令にも最後まで応じませんでした。

そのシュメリングは、大戦中に兵隊に取られます。しかもこの場合は後方勤務ではなく、戦死の可能性が高い最前線への配属です。「ナチスに反対する元世界チャンピオン」の口封じと、「ドイツの英雄が最前線で戦っている!」という政治宣伝がその目的です。

つまり、ルイスにしろシュメリングにしろ「軍に利用されていた」という事実に違いはなく、アリはそれを見抜いていたのです。

自衛隊が朝霞の体育学校でアスリートを養成しているのは純粋に「スポーツ研究機関としての役割」に過ぎませんが、世界のどこかで恒常的に戦争を行っている国は時としてアスリートを宣伝材料に使うというわけです。

数少ない理解者を失う

ですが、当時のアリが四面楚歌だった事実には変わりありません。

ジョー・ルイスはおろか、「黒人社会の英雄」として認識されていたメジャーリーグのジャッキー・ロビンソンまでアリの敵になったことは、本人にとってもショックだったに違いありません。

しかし、少ないながら味方もいました。その一人がマーティン・ルーサー・キング・ジュニア、あのキング牧師です。彼はこう言いました。

「アリの信仰と我々のそれはまったく違う。だが、アリの信仰する宗教がどう思われていようと、彼の勇気は賞賛されなければならない」

キング牧師も、ベトナム戦争に対しては反対の立場を示していました。アリにとっては、宗教こそ異なりますが数少ない「同志」です。ところがそのキング牧師は、1968年に暗殺されてしまいます。この時点で兵役拒否者のアリには、一審で禁錮と罰金の実刑判決が下され、控訴審を戦っている最中でした。最高裁で無罪を勝ち取るのは、それからさらに3年後のことです。

すなわち、アリが「プロボクサー」から「歴史上の人物」に昇格した時期は、味方のキング牧師すら失って今にも投獄されそうな状況だった1968年前後だったと見ることができます。アリの人生にとって最も過酷で、かつ大きな意味を含んでいたこの時期を乗り切ったからこそ、彼は初めて「歴史書に名が載る人物」になったのです。

アリは「卑怯者」と戦った

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今でこそ、アリは「正しいことを主張した人物」として認識されています。ですが、その「当たり前」を一度取り外さなければアリの真価は見えてきません。

戦争前は「我が国は必ず勝つ!」と公言していたのに、敗戦後は「あの時自分は戦争に反対していた」と言い訳を述べる人物は古今東西たくさん存在します。日本史でいうと、豊臣秀吉の唐入りがいい例です。

「あの時、私は秀吉の妄言に反対していた」と書かれた資料をもとに歴史ドラマを制作すると、「発狂した秀吉を家臣たちが諌めようとしたが、結局抑え切れられず唐入りが行われてしまった」という筋書きになってしまいます。

ですが実際は、家臣団も秀吉の計画に乗り気でなければあのような大遠征はできないわけです。もっと言えば、遠征失敗後に家臣団が「過去の発言記録」を改竄したということになります。

「俺はこんな結果に終わることくらい、昔から分かっていた」

そう言いたがる奴は、現代のどの会社にも必ず何人か存在します。そしてこういう集団ほど、モハメド・アリのような最初からブレない人間を猛烈に非難しようとします。

それに対し、アリは逃げずに戦い続けました。この人物が「偉大」と言われる所以は、まさにこの点にあるのです。

前編:【追悼モハメド・アリ】世界一偉大な拳を持つ男(前編)